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2017年02月06日

ふるさと納税について考える

ここ数年、ふるさと納税が人気である。
ボクが住んでいる埼玉県飯能市でもふるさと納税のPRを行っている。


自分が生まれ育った市町村の為に支援をしたいという思いから税金の納付先を変えるというのが当初の流れだったと思うけれど、最近は「返礼品」目的という方も多くなっているのではないだろうか。
それはそれで、ルールの上でOKなので構わないのだけれどそれが行き過ぎるとどうなるか考えてみたい。



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2013年10月12日

名前の付け方について考える

名前っていうのは基本的には識別子なので他人と被らないというのがまず重要だろうと。
名字+名前で近隣の子と被らないのがいい。
たとえば「スズキサチコさん」という人が近所に3人いたら、スズキサチコさんの名前の入った
小銭入れを習得しました…なんていう時に誰に届ければいいか分からなくなってしまう。

次に一生付きまとうので馬鹿にされない名前であることが重要だろう。
光宙(ぴかちゅー)とか黄色熊(ぷー)とかはその点で残念だよね。
ぴかちゅーなんて名前つけたら、将来的にサトシくんのパシリにされちゃうかもよ??

最後に思うのは、あまり親の祈りが強すぎる名前っていうのは重荷にならないだろうかと。
思いが強すぎると今度は怨念ってやつになりかねない。
「こんなに一生懸命育ててるのに」なんて考え始めたら本末転倒。
子供が勝手にやってきたわけじゃなく、親が望んで子供を迎えているというのを忘れちゃいけない。

ということで、名前を考えるときには
1、周りに名字+名前で被る人がいない
2、残念な名前(俗に言うキラキラネーム)ではない
3、純粋に子供の幸せを祈った名前であまり重荷にならない
っていうのが良いんじゃないかと思う。

そう考えると、しっかり自分の道を歩いてほしいという願いを込めた「道子」とか良い名前だよね。
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2008年01月23日

不思議なガラスについて考える

我が家には食器の1つとして「実験用ビーカー」が用意してある。
これが非常に便利。
普通に飲み物を入れるグラスとしても使えるし、耐熱性があるのでそのまま電子レンジで温められる(熱くて持てない事があるので要注意)。目盛りが付いているので「生クリーム50mlと牛乳100ml」とかを図るのも容易いし、注ぎ口が付いているので他の容器に注ぎやすい。
欠点といえば、来客用として若干使いづらいくらいだ。

で、ビーカーの材料になっているのがガラス。
この「ガラス」というものはとても不思議な特製を持っている。
・液体である
・水に溶ける
・鉄より強い

ということで、そんな不思議なガラスについて考えてみよう。
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2007年11月24日

割り算について考える〜割り算の思ひ出ぽろぽろ〜

今から10年ほど前になろうか、大学の授業で「おもひでぽろぽろ」を見た。
この物語の中で、主人公のタエコ(CV:今井美樹)が小学校の頃に「分数の割り算」でとても苦労する様子が描かれている。
主人公のタエコは納得できないと前に進めないタイプの人間で、ここで躓いてしまう。
タエコの姉も「逆数を掛ける」というばかりで、理解できる説明をしてくれない。
タエコの
分数の割り算がすんなりできた人は、 その後の人生も上手くいくんだって
という台詞がとても印象的である。
分数の割り算の手っ取り早い解法は、割る数の逆数を掛けるということになる。
でもこれ、どうしてなのだろう?

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2007年09月23日

叱る事

叱る事は、効果が出るような方法でなければ意味が無いどころか毒になる。



米カリフォルニア州の38歳の母親が、旅客機内で2歳と4歳の子供をたたくなどし、乗務員の業務を妨害した罪で起訴された。
 タメラ・フリーマン被告は18日に裁判所に出廷。同被告はデンバー国際空港で16日、サンフランシスコ発のフロンティア航空便で同空港に到着後、逮捕されていた。
 連邦捜査当局(FBI)の供述書は乗客の証言として、フリーマン被告が搭乗前に酔った状態で子供に悪態をついており、機内でも繰り返し子供をどなり、たたいていたとしている。
 また、同被告は仲裁に入った客室乗務員の足元に飲み物を投げつけ、どなりながら指を突きつけてこの乗務員の後を追ったという。
 フリーマン被告が有罪判決を受けた場合、最高で20年間の禁固刑が言い渡される可能性がある。しかし連邦政府の指針により、判決は寛容なものになる見通し。


そしてこれが叱るときにやってはいけない10か条


叱るという行為は、何に対して叱っているのか分からせないといけない。子供に対して延々と1時間以上も悪態をつき続けるという行為は「しつけ」や「叱り」ではなく「精神的虐待」としか言いようが無い。
最終的に、叱っている方が「何に対して怒っていたのか」を忘れ、叱られている方も「自分の事が嫌いだから怒られている」というスパイラルに陥りがちになる。

先日の朝青龍をマスコミが叩き続けた一件も、これに非常に似ていないだろうか?
相撲界の最高位である横綱が巡業をサボってサッカーに興じていたというのは大問題である。が、部外者であるマスコミが寄って集って延々と報道し続けるべき問題でもないと思う。
処罰は日本相撲協会が決めれば良いし、マスコミは真実を脚色なく伝えさえすれば良いのだ。良いか悪いかは視聴者、そして相撲協会が決めれば良い。


話がズレた。
そんなわけで、気に入らないことがあると6時間以上の長きに渡って延々と罵声を浴びせ続け、こちらの言い分は全く聞かず・・・というよりも、何か言おうとすると「ウルサイ!!」と怒号を浴びせてまた延々と罵り、1ヶ月前の親子喧嘩の件を持ち出す我が母親はそのあたりがサッパリ分かっていなかった不幸な母親であった。
こういう人間は人間教育には向いていない。
そして現在のボクの中には何について怒られていたのかはサッパリ記憶に残っておらず、我が母親に対する憎悪だけが残っている。
親になるべきではなかった人間なんだなぁと心の底から思う。

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2006年08月30日

平均がいかに意味が無いかを考える

ボクは現在「ゲーム屋さん」なんて仕事をしていて、問屋さんから色々と情報を貰う事が多い。
問屋さんの話では、この秋発売される「ポケットモンスターダイヤモンド」「ポケットモンスターパール」は完全に配分商品だそうで、店舗サイドからの発注は受け付けないということ。
つまり、確実に発売日に欲しい人は予約をしないと100%に近い確率で買えないということである。
ただし、あまりの割り当て本数の少なさに、予約すら受け付けない店もあるので注意が必要だ。

で、その問屋さんと他の商品の発注の話になったときにこんな話になった。
かずま「他の店舗の発注状況はどうなんですか?」
問屋 「他のお店の発注平均本数は@@本です」
かずま「んじゃぁ、標準偏差は??」
問屋 「う〜ん、そういうのを出す機能はついてないです(困)」


ということで、世の中でやたらと重宝される「平均」なるものがいかに意味が無いかを考えたいと思う。
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2006年07月13日

拾うべきか見逃すべきか考える

どこかで「1円玉を1枚拾う際に、しゃがんで掴むまでに1円分のエネルギー、掴んで立ち上がるまでにまた1円分のエネルギーを消費する」なんて事を聞いた。

試しに計算してみよう。
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2005年03月03日

「迷信」について考える

ボクは「理解しづらいもの(ボクが理解できないもの)」というのを非常に恐れています。
例えば、飛行機。
どーしてボクが空を飛ぶことなんて出来ないのにボクよりもはるかに重たい「飛行機」が飛ぶことが出来るのか分かりません。自動車はモーターの回る仕組みがある程度分かるので「早く動く」っていうのも理解できる。船が沈まないのも湯船に桶を浮かべても沈まないのを見ればなんとなく分かる。
でも、飛行機が飛ぶのはよく分からん。昆虫が飛ぶのとは明らかに仕組みが異なってるし。
ということで、当然「お化け」も怖い。遭った事はまだ無いけれど、あったらとてつもなくびっくりすると思う。血まみれで右手に包丁を持った人と目が合った時くらい怖いと思う。

で、子供の頃に親から聞いた話で「そりゃ嘘だろ!」って思える事が非常に多くないですか?
それらの意義を考えてみよう。

まずは古くから言われている「こんな事しちゃいけません!」ネタ。
・夜に口笛を吹くとヘビが来る
・夜に爪を切ると親の死に目に会えない
・火遊びをするとおねしょする
・蜘蛛を殺してはいけない
こんなもんだろうか。本当に意味の無い迷信も数多くあるのだけれど、上記の4つについては少々意味がある。

1、夜に口笛
 夜は昼間に比べて音が上空に逃げにくい。地面を這うように伝わり、そしてロスが少ないので口笛は遠くまで伝わるのだ。そうするとウルサイじゃないですか。他人に迷惑だから駄目。ヘビも幽霊もまだウチに来た事はありません。

2、夜に爪を切る
 昔は蛍光灯なんてものは当然なく、夜は手元が見えづらかった。そのため
 ・深爪をしてしまう
 ・飛んだ爪が何処にいったか分からなくなってしまう
 ということで、自分も痛い、他人にも迷惑を掛けてしまうということでやめなさいという事。別に爪を切らなくても親の死に目に会えない人は会えない。

3、火遊びをするとおねしょをする
 火遊びをするとおねしょをするかどうかはさておき、火は本当に危ない。子供が下手に触らない方がいい。

4、蜘蛛を殺してはいけない
 農家にとって「カブトムシ」や「クワガタ」は果実を食べる害虫。そして、蜘蛛はそれらを網で捕獲してくれる「益虫」なのだ。木造家屋の柱や壁、屋根材などを食べる「虫」の多くは蛾の幼虫であるが、その親を捕まえてくれるのが「蜘蛛」さん。だから殺してはいけない。

※ちなみに「朝の蜘蛛は殺すな、夜の蜘蛛は殺せ」って言うのは歴史の中のお話。
 昔、日本を統一しようと動いていた「大和朝廷」が他の部族を呼ぶときに「鬼」とか「蜘蛛」とか「天狗」とかそういう蔑んだ名前をつけて呼んでいた。で、高度な製鉄能力を持っている「蜘蛛」部族を襲撃する際、「あいつらが鉄を精製してから殺してウマいトコロだけ貰っちゃおう」という内容の隠語が「朝の蜘蛛は殺すな、夜(仕事終了後)の蜘蛛は殺せ」という事なのである。
ちなみにこの「製鉄技術」奪取物語は岡山県付近をはじめとて実際にあったらしい話で、製鉄技術を「財宝」、製鉄技術を持った部族民を「鬼」、大和朝廷を「桃太郎」とすると、見事に桃太郎のお話になる。


ということで最後の方は話がちょっとズレたが、とにかく迷信は嘘をついてはいるけれど偉いのだ。
こうやって迷信はちゃんと理由が分かるから「納得」して実行しますが、飛行機だけはまだ乗る気になれない。
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2005年01月15日

アンケートについて考える

本日はとっても寒い。
東京でも雪が降るという天気予報になるくらいの寒さ。
そして雨が降っている。
こういう日には家から外に出てくる人も当然減る。
買い物に来てくれる人は
・寒さに耐性がある人
・買い物をしなければならない状況の人
・仕事にこれから行くor帰る人
などと、結構絞られてくる。
ということで、ゲーム屋さんは週末にも関わらず暇で困っています。

そんな折、このような記事を発見。
母親の3割は「自分も現役ゲーマー」
まぁ、ボクは自称ゲーマーですから良いんですが、ゲーマーの定義ってよく分かりませんね。
それは今回触れない事として、一つ疑問点が。
それが「アンケートの母数となっている人たちにバイアスは掛かってないの?」って事です。

今回のアンケートの対象になっている人たちは
調査は子供を持つ20代〜40代の既婚女性を対象に、昨年12月23日から今年1月3日まで、同社が運営する「えるこみ」上でアンケートを実施

という事は、少なくとも
・自主的にアンケートに答えてくれる人
・パソコンで「えるこみ」を閲覧している人
という2つの条件をクリアしていないといけない。
パソコンを使っているという事は、ゲームに対してのハードルがゲームをプレイしていない人に比べて低いという事は想像に難くない。
つまりこれ、バイアスが掛かっていると言いませんか??

「@@が行った独自調査」とかいうのは頭から信用しちゃいけない。
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2005年01月05日

日本放送協会の受信料金について考える

基本的に皆さんが物心付いた頃から世の中に存在していた「テレビ」。
世の中には「家に帰ってきて、まずTVの電源を入れないと帰ってきた気がしない」という方もいらっしゃるようで。
ボクもそれに近くて、1日1度はPCの電源を入れないと何か損した気分になります。

それはさておき、我が家に時々やってくる日本放送協会の集金の人。
前から言っているように、我が家ではテレビモニターはTV番組を見るためのツールではなく「ゲーム端末」という、ボクがTVを購入する切っ掛けになった当初の目的通りの使い方をされています。
ので、日本放送協会の受信料は支払っていません。
が、不祥事だらけのNHKに金が払えるか〜!!というそんな理由ではありません。
「我が家ではモニターはTVを見るためのものではなく、ゲーム端末になってます」って言っても3ヶ月連続で「本当に見てないんですか?」って聞きに来るヤツラにはイライラしますが。
今度「NHKで〜す」ってやって来たら、家の中に入れてテレビ番組を見ていないという現実相手を間違えると地獄を見るという2つの現実を見せてあげようとニタニタしています。

ところで、NHKが一般家庭に受信料を求めてくるのには当然理由がある。
放送法32条によって
協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならないとちゃんと書いてある。つまり、「NHKも見れるように」テレビを設置した場合は受信料を支払わなければならないのだ。
逆に言うと、我が家のように「TVは存在しているけれどアンテナに接続していない」場合は「設置」していないのでセーフ。
法律に則って受信料支払いの拒否をしているのである。
これを読んだNHKの集金担当の方、ボクの家には二度と来ないで下さい。

ところが、実は先の国会で海老沢会長がステキなことを言ってる訳ですよ。
NHKは放送法に基づいてつくられました特殊法人でございます。私は、このNHKの存在、組織というものは、世界に例のない、最も理想的な、性善説に立った組織だろうというふうに思っております。それは、視聴者国民一人一人が、株式会社でいえば株主でありますし、協同組合でいえば組合員である。そういう面では、NHKは国民の放送局と言ってもいいと思います。
 そういう面で、我々は、常に視聴者国民と緊張感を持ちながら、視聴者国民の声を真摯に受けとめながら番組をつくり放送している。そういう面では、今の受信料制度は強制力はありません。罰則規定はありません。そういう中で、NHKと視聴者との信頼関係で成り立っている、この制度をできるだけ維持したいと私は思っているところであります。

つまり、集金の人が言っている「NHKの受信料を支払う事は放送法で決められているんですよ」という考え方は海老沢会長の考え方と根本的に異なっているというわけだ。

だから「ボクは受信料を支払う気はありませんからお帰り下さい」と堂々と言っていい。
それでも帰らずに「NHK見てるんだろ!?払えよ!!」とか言って玄関口から帰ろうとしない場合には刑法130条不退去罪で現行犯逮捕(現行犯逮捕は一般の人でも出来ます)、警察に身柄を引き渡すことが可能になります。
これ、悪質な新聞の勧誘に対しても有効ですから切り札として覚えておいて下さい。
ただし、証拠がないと「証拠不十分」として不起訴処分になってしまいますので、一部始終をビデオカメラで撮影しておく、ウォークマンで一部始終を録音しておくなどを行っておくと相手にトドメを刺すことが出来ます。

このあたり、よーく覚えておいて生活に役立ててください。

あ〜、長かった。
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2004年09月03日

お遍路さんについて考える

もうね、こうなったら思いついたこと色々書いちゃうよ!!
今日考えるのは「お遍路さん」。
四国八十八カ所の札所を巡るとご利益があるっていうアレ。

四国は狭いって言ったって、歩いて回るには広い。
上野からアメヨコ通り商店街を歩いて御徒町に行くのとは訳が違う。

人間、神を敬う気持ちを持って旅をすると「人の温かさに」出会う。
これです。お遍路さんの醍醐味は「旅をして人の温かさに触れる」っていうのが最大の目的。
神の存在を信じるかどうかはさておき、そういうところに人生の最大のテーマがあると言うのを体で感じるっていうのが「お遍路さん」なわけだ。

人生を悟ったおじいさんがお遍路さんをやっても効果は薄いんじゃないの?と思います。

それを大きく間違えて認識して「ゲームを作っちゃった」ピンチェンジさん。
パナソニック系列のベンチャー企業で、様々な試みを行っている会社です。
が、お遍路さんだけは大失敗。
GCで出して、メインターゲットがオジイサンというのが何ともいえないのでした。
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2004年08月30日

ピエロについて考える

今日は、ピエロについて考える。

ピエロってサーカスに居る、みんなを笑わせる人気者ですね。
観覧している人にはピエロは「間抜け」だったり「能天気」に見える。
当然、そう見えるように演じる事はピエロにとって非常に重要なファクターで、そのように観客に見えないピエロはある意味「失格」であるとおもう。

ピエロは日本語で言うと「道化師」。
美味く日本語に訳したなぁと感心しちゃいます。
サーカスという見せ物の中で、失敗と成功の間の極めて微妙なところを、薄氷を踏むかの如く演技をする道化師。
高い場所から落ちてトランポリンで跳ねたり、大きなボールの上に乗っかって、自分では速度調節できない「振り」をしながら自由自在にボールを操る凄腕。
ある種、「ガチャピン」に通じる。
そして、自分の中では完全に計算されている出来事を、あたかも「運が良かった」様に見せて、そしておどけてみせる。
「おどける」の語源は「道化」ですね。
お道化る。

お間抜けだったり能天気だったりするピエロは、実は計算高いスーパーマンなのである。
伊達にマクドナルドの「ロナルド・マクドナルド」には似ていない。
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2004年08月26日

お経について考える3

昔の人々は「現世で死んでも来世がある」って考えてました。
今でも決まり文句として「ご冥福をお祈りします」って言いますね。
これ、死後の世界では幸せになるんだよ〜って意味なのは、漢字を見れば分かる。
幸せになれないと地獄に落ちたり、地獄でも天国でもない中途半端なエリアで漂ってたりする羽目になります。
来世の幸せって言うのは、結局「極楽に行く事」。
極楽に行くためには「悟り」を開かなけりゃいけません。
ところがこれ、死んだ後に悟りを開いても適用されるんだそうで。
肉体を持っている現世と違って、来世は精神のみの世界ですから疲れることがない。疲れもしなけりゃ眠くもならない、若い今だけ@@@がしたい・・・というのも、年を取らないので関係ない。で、目一杯修行に励むことが出来ちゃいます。
「阿弥陀仏の教えの言うとおりにすれば極楽に行けるんだ」という事を知って来世に行けば、極楽への道は勝手に開けるという寸法。知らなきゃ来世でも一生幸せになれない。
だから宗教は偉いのだ。

んで、「来世に旅立って、ちゃんと悟りを開くんだよ〜」ってみんなでお見送りをする。
これが、お葬式。
「死んじゃって悲しい」って嘆くのが葬式じゃなくて「来世で幸せになるんだよ」っていうのがそもそものお葬式というセレモニーですよ。勘違いしないように。
その時にお坊さんが死者に向けて「神様の教えはこうなんですよ、あなたが極楽に行けますように」っていう文句をドラム(木魚)とシンバル(リン)に乗っけて歌うのが念仏です。

長唄も念仏も知らないで聞いてると同じに聞こえません??

現代社会に生きる若人よ、今こそギター、ドラム、ベース、キーボードの音色に乗せて神の教えを社会に広めるのだ〜!
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お経について考える2

昔の人々の心の支えとなっているのが御仏の教えだったわけです。
現代社会でも、何を支えにして良いか分からない人は宗教を心の支えにしていますね。
心の支えにして信仰するのは全然構いませんけれど、ボクを勧誘したりボクに洗剤を販売したりボクに寄付金を募ったり、ボクに組織票の要請をしたりボクの為に駅前で1分間祈ったりするのはやめて下さいね。

さて、各種宗教で教えの基本となっているのが「他の人の為になるような人間となりなさい、他の人を愛しなさい」といった内容の教え。
そのために自己啓発をして、立派な人間としてみんなに見られるようになろうという考え。
これは素晴らしい。
でも、なかなか難しいもんです。分かっちゃいるけど辞められないことって世の中かなり多い。
ボクも煩悩のカタマリですから、あんな事やこんな事もしたいわけで・・・
どうでもいいですね、はい。

昔の人の最大の目標は、お金持ちになることでもなく、子供をいっぱい作って子孫繁栄を企むことでもなく、酒池肉林におぼれる事でもありません。
極楽に行くこと。これが最大目標。馬鹿にしちゃいけませんよ。藤原道長なんて、「極楽に行けますように」って仏閣にかなりの財産を提供しています。
この来世の為に巨額な財産を投げうるという行為、当時の彼らにしてみれば「普通の事」なんですから。

さて、極楽に行くには悟りを開かなければいけないらしい。
んで、煩悩を捨てるための修行をして、到達した先には極楽への門が開かれるわけです。

ところが現世には非常に誘惑が多い。眠たくもなるし、お腹も減る。若いうちに女の子とイチャイチャもしたい。誘惑は多いけれども極楽には行きたい。その為に「阿弥陀仏様の言うことをその通りやりますので、僕に悟りを開かせて、極楽に導いて下さい」っていう決まり文句が「南無阿弥陀仏」になるわけだ。
ほら、ここで繋がった。

たとえ読み書きが出来ない人であっても「人に言われた事」を忠実に実行さえすれば極楽に行ける!
ならば、念仏をひとまず唱えようじゃないな・・・ということで、日本中に仏教が広がっていったらしいです。
それがいつの間にやら、念仏を唱えれば極楽に行けるとどこかの馬鹿が勘違いして現代にたどり着いちゃってる。
仏教が日本に入ってきた当初は、仏教のちゃんとした教えも残っていただろうに、、、(しくしく)


まだ引っ張ります。
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お経について考える1

お経というと、お葬式や法事の時にお坊さんが唱える有難いお言葉。
般若心経とか有名ですね。

で、誰もが子供の頃に「ナムアミダブツ」とか「ナンミョウホウレンゲキョウ」とか意味もさっぱり分からず唱えたことがあると思います。
これ、一体どういう意味なのかちょっとだけかじってみよう。

「ナムアミダブツ」とは、「南無阿弥陀仏」ですね。
「阿弥陀仏」は阿弥陀如来様。お寺の本堂とかに立派な仏像が飾ってありますね。
んぢゃ、「南無」って何よ??
「南無」とは、帰依とか帰命という意味の梵語(サンスクリット語)の「ナマス」を似た音の漢語で表現したもの。
「南無阿弥陀仏」で「身命をささげて阿弥陀仏の教えに従います」という意味になります。
もの凄く簡単に言うと、阿弥陀如来様、言う事聞くんでヨロシクお願いします!って言ってるわけだ。
当然、「南無妙法蓮華経」も、「妙法蓮華経の言うとおりにするんでヨロシクお願いします」って言ってるわけですね。

当時の農民階層が阿弥陀如来の教えが何なのかなど知る由もなく「なんだか分かんないけど有難い呪文でヨロシクお願いしますだ!」って唱えていたであろう事は想像に難くない。
こういう人は、簡単な作業で幸せが近づくと思っているっぽいので羨ましくさえ思う。

今日はこのネタをもう少し引っ張って書こうっと。
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2004年07月30日

勉強を斜に考える

学校の勉強には色々と考えさせられるネタが多い。

高校時代の「国語」の授業。
尾崎放哉とか言う人の俳句で「咳をしても一人」っていうのがありまして。
その時の国語教師の木村先生(実名)はこう仰いました。

俳句は5・7・5ですが、これはそうなってないですね。
これは
咳を○○
しても○○○○
一人○○
という風に、見えない部分に含みが残されてるんです

と、確かこんな感じの説明。

あなた、本当に心底そういう風に思ってるんですか?

それから、国語の授業でこんな設問ありませんでしたか?
「この時の筆者の気持ちを25文字以内で述べなさい」
ボクはこう書きたかった。

締め切りに追われて必死になって筆を進めていた。

数学や化学や物理の様に回答が明確なものは凄く納得できるんですが、国語だけは納得の出来ない授業でした。
英語の勉強みたいに、読み書きだけで十分じゃないか?と、今でも思ってます。
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2004年05月24日

世界の中心で愛を叫ぶ

世界の中心がどこかを考えてみた。
安直に考えた。
その結果、「赤道直下で、東経0度の場所」に決めた。
調べたところ、一番近いのはガーナ共和国でした。

「俺も世界の中心で愛を叫ぶんだ〜」と、意気揚々としている皆さん、ガーナ共和国でカカオ豆を片手にどうぞ。
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