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2004年08月26日

お経について考える3

昔の人々は「現世で死んでも来世がある」って考えてました。
今でも決まり文句として「ご冥福をお祈りします」って言いますね。
これ、死後の世界では幸せになるんだよ〜って意味なのは、漢字を見れば分かる。
幸せになれないと地獄に落ちたり、地獄でも天国でもない中途半端なエリアで漂ってたりする羽目になります。
来世の幸せって言うのは、結局「極楽に行く事」。
極楽に行くためには「悟り」を開かなけりゃいけません。
ところがこれ、死んだ後に悟りを開いても適用されるんだそうで。
肉体を持っている現世と違って、来世は精神のみの世界ですから疲れることがない。疲れもしなけりゃ眠くもならない、若い今だけ@@@がしたい・・・というのも、年を取らないので関係ない。で、目一杯修行に励むことが出来ちゃいます。
「阿弥陀仏の教えの言うとおりにすれば極楽に行けるんだ」という事を知って来世に行けば、極楽への道は勝手に開けるという寸法。知らなきゃ来世でも一生幸せになれない。
だから宗教は偉いのだ。

んで、「来世に旅立って、ちゃんと悟りを開くんだよ〜」ってみんなでお見送りをする。
これが、お葬式。
「死んじゃって悲しい」って嘆くのが葬式じゃなくて「来世で幸せになるんだよ」っていうのがそもそものお葬式というセレモニーですよ。勘違いしないように。
その時にお坊さんが死者に向けて「神様の教えはこうなんですよ、あなたが極楽に行けますように」っていう文句をドラム(木魚)とシンバル(リン)に乗っけて歌うのが念仏です。

長唄も念仏も知らないで聞いてると同じに聞こえません??

現代社会に生きる若人よ、今こそギター、ドラム、ベース、キーボードの音色に乗せて神の教えを社会に広めるのだ〜!
posted by かずま at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 考えてみた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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